私が好きな空手。

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空手が好きな理由

武道って始めるきっかけというのは、大概が不純だったりします。

「喧嘩に強くなりたい。」とか「いじめに逢わないように」とか、最初に大きな志をもって入門する人はまずいないと思います。

いてもおかしいことはないのですが、なんとなくそう思います。自分もたいして変わりませんでしたから(笑)

私は武道がきらいだった。

物事の好き嫌いというのは、他人にはよく解らないものでして欠陥だらけでも好きだったりするものです。

それは、何においても同じことが言えて私が空手を好きだというのもダメな部分もひっくるめて好きなんだということです。

私が空手を始めたのは高校生でした。
学校にも満足に行くこともなく、行けば授業にも出ずに遊んでいる。当時は全国的に荒れていた時代でした。

弱いくせに喧嘩上等!なんてくだらない思考回路を兼ね備えていたわけです。
そんなある日、指導部の先生に呼びだされまして連れていかれたところが、某道場でした。

そこに放り込まれ言われたことが、今でも印象深く記憶しています。

いいから好きなだけ暴れてこい。ここはいくら殴ろうが蹴ろうが誰も何も言わないから。

こう言われたんです。
私は武道というものが大嫌いでした。理由は私の周りにそういう習い事をして、偉そうにしている人間が沢山いたからです。

何が武道?心身を鍛えて人間力を高め・・・・。能書きはいくらでも言えますが実際は、力に物言わす連中の集まりのように感じていた私は非常に抵抗があったんです。

ですから、道場に放り込まれたときは・・・・固まりました。(笑)

血気盛んな頃というのは、誰にでも一度は訪れるものでそんな負けん気だけが以上に強い私は、この日初めて空手家と勝負をしたわけですが、見るも無残な敗北でした(笑)

そして、不思議なくらい空手というものにのめり込んでしまう。そして時間は流れ今現在もよくわからないものを地道に追い続けている・・・・カッコよくいったらそんな感じですよ。(笑)

私が選んだ空手はフルコンです。

空手には大きく分ければ二種類に分けることができます。

寸止め空手と、実際に当てるフルコンと。私はフルコンを選んだわけです。というかそこに放り込まれたので・・・。

この両者の空手は全然違うものですからスタイルも違う訳ですが、今の私から言えることはフルコンで良かったと思うわけです。

よく、顔面がないからフルコンは使えない。寸止めは当てないから実戦には向かない。こんな意見もあるのですが、とても残念な意見であり両者ともに実戦で使うことができます。

どんな格闘技でも実際にルールなしでやりあえば勝つか負けるかではなくなることでしょう。それを踏まえたうえで言えば、空手は間違いなく使える武道なんです。

極論で言えば、何をやっているから強いということではなく、その個人が強いのかどうかって話だけなんです。

私は、様々な人と試合をしてきました。(若いころのお話)テコンドウ・ムエタイ・ボクサー等々、外国人もいましたし・・・・今思えばいい勉強にもなりました。

あぁ、言い忘れましたが、こういった異種競技で戦って勝ったことはありません。でも、負けたこともありません。(笑)

フルコンタクト空手はある意味で素晴らしいと思う。

まず大前提として空手というのは、武術であり後に武道という括りで今現在に至るわけです。まぁ、ここでは武道ということで話をさせていただきたいのですが、武道というものはスポーツ的な発想はない。こう思っていましてね。

ここに勝った負けたの優劣を競うようなものでもない。と、言うのが本質にあるわけです。

これを聞けば人によっては詭弁でしかないという人もいるでしょうが、それは詭弁ではなく事実そうなのです。

フルコンタクトが武道であるのかどうか?といえば武道と呼べるようなものではないでしょうが、可能性ということに着目してみれば一番武術になりえる資質があるのだと私は考えています。

こと戦いにおいて頭部への攻撃は、非常に有利であり非力な人間でも大男をやっつけることができる要素でもあります。
その証拠とは言えないかもしれませんが、そのほとんどの格闘技は頭部への打撃が許されています。

その中においてフルコンタクト空手は頭部への打撃は禁止です。(足での攻撃は良い)それでは世間の人から弱いといわれても仕方がない。そう感じているフルコン関係者も多いのではないでしょうか?

私はそんな風に思う事はありませんで、頭部への攻撃主体ですとラッキーな勝ち方もあるでしょう。しかし、ボディで倒すのにまぐれなんてものはありません。実際、非常に難しいのですよ、頭部なしで倒すというのはね。

グローブをつけてボディを叩けばわりと効かせやすいのですが、素手だと突き方次第では効かすことはなかなか難しいんです。

と、ここまで書き進んできましたが空手は武道であり、それこそ人間力を鍛えるという観点があるわけです。すると、このフルコンルールというのは非常に優れていると私は思うんです。

理由は簡単です。人間の頭部・顔というのは社会生活を営む上での名刺みたいなものであり、人間の尊厳そのものなのです。
その尊厳を踏みにじる行為というのは、武道全般にあってはならないことなのです。

変な話かもしれませんがそういう意味ではフルコンというのは、とても優れていると私は思うのです。

これからの私が目指す空手

これからといっても、いったいいつまで動けるのかという問題も確かにあるにはあるのですが、そんなことは気にする必要がなく、気にしても何も始まらないというものです。

これからなんてどこで区切るのか?私自身さっぱりわかりませんが、まぁ、死ぬまで続けていくことでしょう。どこにも属さず、ひたすら自分の信じる道を・・・・と書くと非常にかっこよく聞こえますが、そんなたいそうなものではなく、ひたむきに今まで通りやっていくつもりです。

そういったわずらわしい空手界の仕組みが嫌いで、今までやってきましたがそれも変わることはないでしょう。

ということ、目指すは生涯空手のみ。(笑)非常にわかりやすくていいでしょ。ではまた後程。

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