疲労回復よりも疲労を感じない肉体なるには?

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疲労を感じるとき。

最近は、私よりも若い人であってもやたらと、疲れが抜けない人って多いような印象を持ちます。

それだけ今の世の中では、肉体的・精神的な問題が山積みなんだなと痛切に感じる訳なんです。理由は、千差万別。肉体の疲れや疲労感だったり、精神的なところから来る疲労。などなど様々な要因があることでしょう。

こうした場合、私達が考えることというのは「疲労の回復」です。どうやったら一日も早く回復するのか?ってことでしょう。

まぁ、具体的に回復法なんてものは無いのだと思いますが・・・。

いろんなことをやったところで、またなる訳でしょ?そうですよね。

で、ここで私のようなお馬鹿さんはこう考えるんです。「疲れない・疲労しない体になれば良いだけだ。」と・・・。

ここで、その疲労というものを二つに別けてみたいと思います。

肉体から来る疲労感

「肉体疲労に○○○○○D」とかいう肉体疲労。これは、読んで字の如く肉体が弱った状態。

こういうときは、「少し休みなさいよ。」というサインがでているのですが、なかなか休めない現代人・・・・。とまぁ、嘆いてみたところで始まりませんが、大抵の人は栄養ドリンクや休暇をとる。という対処をします。

要するに、栄養と休養で回復すると皆さん知っている話ですね。

これが進行すると、体調不良になり最悪は過労死ということに繋がっていく。なんとも侮れないのが肉体疲労です。

精神的な疲労感

もう一つあるとすればこの精神的な疲労がそうだと思います。

この場合、正直、薬でも治ることはありませんよね。プラシーボ効果で栄養剤をもらって服用して治った?なんて話も聞きますが、逆に言えば薬で治ったのではないことの証明ですよね。

社会の大きな枠組みの中において、自分を見失うとこういうことが一つの大きな原因でしょうね。

私的には、どんな理由があるにせよ。立ち向かうことでしか解決の糸口は見えてこない。こう思っていますね。それに、こういった精神的なことというのは最終的に他力本願ではダメで、自分で解決するしかないのですから。

発想の転換

実際、疲れたり翌日になっても疲労感が抜けないってことはありますし、そうなった時栄養ドリンクや食事で馬力を付けようとするのは、ごく自然な行動です。

でも、なってから色んなことをやる意外にもっと考えるべき事があると、私は思うんですよ。

それが今回のお題にもありますように、疲れを感じない・感じにくい体になれば良いということなんです。発想の転換なんて大それたことではなく、只単に疲れにくい身体に作り変える。

この一点のみなんです。ここからは私の経験・体感からこうした良いのではないか?という話をしていきますので、参考までに聞き流していただければよいかと思います。

個人差云々は、このことについては無いと思います。なぜなら現代人の殆どが、きっとそうだからです。

では、私の考えを書いていきますね。(見たくない人はこの先は見ないでください。)

今の私は20代のときよりも動ける身体になっている。

こう書きますと、ちょっと語弊がありますが、ここでの動けるというのは、機敏にとかスピードとかそういった類のものではありません。

若いときの自分と比較して、ホントビックリするくらい「疲労が溜まらない。」「疲れない」という意味だと捉えてください。

確かに肌つや・勢いなんかは比べ物にならないですよ。若さというその限られた時期だけが持っている素晴らしい力ですよね。ですが、勢いもあり若さもあるのに今の自分よりも動けなかったと感じるのはなぜなんでしょうか?

その一つに身体の使い方が上手くなったってことがあるかと思います。それともう一つは「」です。

今思えばこの食が一番変わった部分であり、実感として疲れにくい体を手に入れたと思えるようになったのは、紛れもなく口からはいるものが変わったからなんだなと理解しています。
こちらの記事にもそれらしいことが書いています。興味がありましたらどうぞ。

常識的な・・・・から外れてみること。

健康的で活発な身体は、いかにしてなっていくのか?皆さん疑問でしょう。疑いの眼差しで見てみたり、何の根拠も無い話を鵜呑みにしてみたり。

結局、色んなことをやってみるが実感するほどの効果を感じない。なんてことはざらにある話。

世間一般の常識的な考えが元になっている?事がほとんどではありませんか?例えば、疲れたときはこれを飲めば良いとか、こんなことをすると活性化されて元気になるとか。

まぁ、様々でしょ。でもね、いくらやってみてところで実感として残らないものは続きませんし、健康にとか丈夫にとかって話にはなりにくい物ですよね。

つまりですね。私は、この「常識的」というものが妨げになっているから健康な肉体が手に入らないのではないかな?こう考える訳なんですよね。

風邪を引いたら風邪薬を飲むとか。食物繊維がお腹に良いから沢山食べるとか。例えば、お腹は冷やさないですとか、もうね沢山ありすぎて訳がわからない!

これってどういう事かと言いますと、私の健康の源が全てこの常識には当てはまらないわけで、人に話してもまともに聞いてももらえません。(汗

でも、健康で疲れ知らずですし、薬も飲みません。気温が一桁でも半そででいられますし、周りでゲホゲホやっていても、私だけはなんともない。普段から健康に気を使い、あれこれ取り入れてあれこれやっているにもかかわらず、私のようにはなれていない・・・・・。

やはり常識的なものの見方が見えるものを見えなくしている。そんな風に思うんです。私はね。

疲労を溜めない疲労しにくい丈夫な身体は削るところから始まる。

まず、今現在の自分がいます。何かあればここに足し算していきます普通はね。でもですね、ここをあえて引算してみることなんですよ。丈夫で健康的な身体を手にする為には。

例えばアルコールをやめるとか、毎日服用している下剤とか胃薬とか、タバコとか。食事のメニューから糖質を排除するとか。

日常の中では、何気に削れる物や行動というのは結構あるものです。

常識的に考えたら上に書いてあることって、当たり前と言えば当たり前。ある意味で常識的な位置づけです。が、何かを減らすと言うことって簡単そうで中々できないものです。それだけ依存している証拠でもある訳です。

そして削った後に、常識的ではないものを足し算していけば、そりゃ確実に今までの自分ではなくなります。じかに感じることが出来ると思います。

私は、酒はやりません。筋肉にというか身体にとってこの上なく悪だからです。タバコは吸います。私的には、これは悪ではないと思っているからです。
洋服は一年通して薄着です。冬もそうですよ。なぜなら皮膚を鍛える為と、皮膚感覚を鍛える為にそうしています。あと身体は束子でごしごし洗います。
食べ物は肉中心で野菜はあまり口にしません。とにかくミネラルウオーターを事あるごとに飲んでいます。ごはんも一日に茶碗一杯が限度でそれ以上は絶対に口にしません。
マスクもしないですし、薬も飲みません。
インフルエンザの予防接種もしません。した事がありません。
これを見てどう思うかは見た人の自由ですが、ここには書ききれないほどの変な習慣が私にはあります。(笑
これが何の根拠にもならない事は私も解っています。が、結果として今があるわけでとてもパワフルになっています。

身体と心は一つ。

身体と心と言うのは、一つであり別々のものではありません。どちらか一方が狂ってしまうと人間は不調になってしまいます。

精神を病んでしまったら直ぐに心療内科に行く。でも、あまり効果が無い。

肉体に異常をきたしたら病院に行き薬を処方してもらい。飲むのを忘れてしまう・・・。気付いたら治っていたが、何で治ったのか?何でこうなったのか?原因が今一わからない。

まぁ、病気の度合いにもよる話ではあるんですが、こう考えてみると、身体なくしては心も成り立たず、心なくしては身体もまた成り立たないことが解ります。

精神を病んだからと言って、そこだけをどうにかしようとしても良い結果はでず。身体の不調で病院に行けば薬をもらっただけで、飲むこともしないまま気付けば回復している。

このどちらにも言える事は、身体と心(精神)両方から見ないといけないと言うことではないでしょうか?私は医者ではないので分かりませんが、武道の教えそのものから見た場合、答えはおのずと決まってくるとそう考えています。

まさに体・技・心というヤツですね。

肉体を鍛え、身体を作り、技術を身につけ磨き上げていけば、自然に心・精神が養われていく。

 全てがこれに集約されるような気がします。

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